なつやすみのじゆうちょう

人生はいつだって、ゲームみたいなものさ

読書録『キッドナップ・ツアー』ちゃんとするって、つまんない

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読むきっかけ

山本文緒さんのエッセイの中に、角田光代さんのお名前が出てきて、あれ、そういえば角田光代さんの作品って読んだことあるっけ?と思い立ち、サクッと読めそうなやつをチョイス。208ページ、予想以上にサクッと読めました。

ちなみに角田光代さんの作品は『八日目の蝉』既読でした。著者意識してなかったね…。

感想など

※ネタバレしてると思います

徹底した「小学五年生の女の子」視点

物語は、主人公ハル(小学五年生の女の子)の一人称視点で進んでいきます。なにがすごいって、地の文が一貫して小学五年生の女の子視点なこと。他の作品と比較すると、あきらかにひらがなや子供ならではのつたない表現が多いのですが、かといってそれが不快ではなく、なるほど、子供の視点だとそう見えるのねと、微笑ましい気持ちになりました。自分が同じくらいの年頃だったときは、物事や周りの大人、風景をどう捉えていたかな、とか思い返したり。

読みづらくならないよう、難しい漢字はあえて使ってルビをふる、誘拐を終始「ユウカイ」とカタカナ表記することで深刻さを軽減する、など、細かいテクニックが随所で光ります。これ、小学五年生で習う漢字とかを調べながら書いたのかなぁ。普通に小説書くだけでも大変なのに。さすがプロ。

ちゃんとするって、つまんない

ユウカイ犯であるハルのおとうさんは、お世辞にもちゃんとした人とは言い難いです。頼りないし、要領悪いし、お金もないし。でも彼は、人生の楽しみ方を知っている人だなと思います。ハタから見れば、ないない尽くしのどん底でも、ふざけて笑って楽しめる人。

みんな子供のころから多かれ少なかれ「ちゃんとしなさい」と言われて育つと思うんですけど、ちゃんとするって、案外つまんないですよね。ちょっとふざけるから面白いし、ちょっと外れるから違う景色が見えるし。大人になるにつれ、どんどん責任が増えて、ますますちゃんとしなきゃいけなくなるので、より一層つまらなくなりがち。だからこそ、大人になってもちゃんとしてないハルのおとうさんは、ある意味魅力的なんですよね。

ハルのおかあさんは、おとうさんのそういうところに愛想が尽きて別居中なのでしょうが、かといっておかあさんが悪いとは思いません。むしろ、おかあさんの気持ちもめちゃくちゃよく分かる。だって、娘のハルはこれからどんどんお金がかかる年頃なのに(教育費とか、交際費とか)、贅沢せずともひと夏で持ち金が尽きちゃうおとうさんは不安でしかない。むしろ、ひと夏越せてない。

うちの両親もわたしが中学生の頃、似たようなことで揉めて離婚寸前までいったので、人ごととは思えないんだよなぁ。うちの場合は、最終的に父が折れましたが。いま思い返すと、あれ以降、父もちょっとつまんない側の人間になってしまったような気がします。

最後にもっと、尖ったことを言ってほしかった

全体的におもしろかったんですけど、最後はおとうさんが突然、ありがちな一般論をのたまいだして、ちょっと興醒めしました。要約すると「どんなことがあっても、自分の人生は自分で責任をとらなきゃいかん」みたいなことを言うのですが、なんというか、このおとうさんにはもっとオリジナリティ溢れる名言を言ってほしかったなーって感じ。まぁ、すごくどもりながら言っていたので、普段は絶対言わないであろうことを、娘のために一生懸命伝えた、っていう描写にフォーカスしたかったのかな。

好きなシーン

真夜中の海で、ラッコみたいにぷかぷか漂っているシーンが好きです。わたしも海に身をまかせてぼーっとしたい。